国際経済の均衡が壊れた時(昭和の金融史)

  昭和46年暮れ、アメリカが高率の円切上げを要求した、いわゆるニクソン・ショックである。当時、マスコミにあらわれた見方の大部分は、これを単純に円為替引上げ問題とみなして、その歴史的相似点を昭和五年の金解禁(円為替の三割近い切上げ)当時に求めた。

忘れてはいけないのは、事実としてこのニクソンの要求は、その対日貿易の大幅赤字対策としての単なる円為替問題のみではなく、その本質はむしろ、日本重化学工業の急発展によってアメリカの競争産業が多大の圧迫をうけ、その救済措置として強力な保護主義的対策を迫られていることにある。

しかしアメリカとしては、これまで自由貿易を主張してきた建前上、露骨な自国産業の保護主義的主張はこれを避け、当時の世界的問題となったドル不安対策の名において、円安問題として、または国際収支の大幅黒字国の責任問題として、円切上げを要求したものにはならないとみたからである。

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円の切り上げを要求したアメリカの本当の狙いは?

このことは、つぎの一、二の事例で明らかである。たとえば、円切上げ問題以前、アメリカはすでに自国産業防衛のため、輸入制限の強行で脅かして、わが国に対し鉄鋼、繊維の「自主的輸出抑制」措置を強要している。また46年の円切上げ以後においても、邦品排斥運動的色彩の世論の少なからぬ台頭をみている。また、最近の新聞報道に現われただけでも、アメリカ政府は、ダンピング法強化に踏み切るにいたっている。またニクソンの新年からの「新国際ラウンド」対策として、「外国商品の輸入急増で国内産業が被害を受ける場合は、これまでに比べて、ずっと弾力的関税引上げや輸入数量制限を実施できる、という強力なセーフガード(緊急輸入制限制度)を導入しようとしている」。

さらに、ワシントンで、日本側を代表して活動しているウィリアム・タナカ弁護士の見解として、「議会は一 九六二年通商拡大法成立当時より、はるかに保護主義に傾いたことは、七〇年貿易法案や、バーク・ハートケ法案提案などの動きが示している。自由貿易主義が議会で振わなくなったのは、民主党議員と労働組合が(新たに)保護派の列に加わってきたからだ」と報じている。ここでこれらを指摘し強調するわけは、アメリカの主張や行動をいたずらに非難する趣旨では決してない。問題の本質は、日本の重化学工業の急発達が、在来の国際バランスを破り、相手国の競争産業を大きく圧迫するにいたったことにあり、したがって問題の妥当なる解決のためには、日本人自らがこの本質を如実に理解して、世界的視野において、前向きの解決を図るほかないことを自党してもらいたいためである。

とともに、これを円切上げの外圧として把握したのでは、決して問題は解決しないことをあわせて強調したいためである。後進国の産業が発達して、先進国産業の既存の市場を席捲し、当該産業の存立を脅かすにいたった場合、(少なくとも当面対策として)先進国が従来の自由貿易主義を一郷して、保護貿易主義に一転するにいたることは、歴史の証言するところである。 一九三〇年代のイギリスが、世界の紡績王としての地位を新進日本紡績に奪われた場合の、その措置がその代表的事例である。

円の切り上げによるアメリカのメリット

いまアメリカの重化学工業もまた、これまで世界の王座にあった鉄鋼、化繊、自動車、テレビ、電気機械器具等々において、その王座を日本品の進出によって大きく脅かされるにいたっている。そうしたアメリカに、かつてのイギリスと同質の保護主義が台頭するのは、あながち不思議なことではない。しかもここで留意を要することは、この新進の強大競争国が、白人国でなく黄色人種国の日本であるということである。というのは、現下の世界観のもとでは、そこに人種的偏見がどうしても介入して、問題の円滑な解決を少なからず邪魔する傾きが少なくないからである。

それは過去何世紀かの世界がやしなった自人優越の偏見である。この結果、かれらは日本産業との競争に敗れた場合、かれらの企業の従来の優秀性が老化した結果だとは反省せず(自人国同士間、たとえばドイツに敗れた場合はそう反省しやすいが)、日本がなにか不公正のことをしているから敗れたと考えたがり、それが排日貨を当然視させる傾向を強めることになる。たとえば、 1930年代のイギリスのランカシャー敗北の場合(当時の排日貨問題については、私は、カナダとアメリカで開かれた二度の太平洋調査会大会に委員として列席し親しくこの論争に加わっている)、はじめかれらは、日本が不正競争をしていると強く非難した(正当競争で敗れるはずはないと考えた)。ついで、低賃金問題を非難しはじめた(自らの植民地のインドでは、さらにひどい低賃金でイギリス人自ら紡績を営みながら)。

そして当時の国際連盟の労働局から、調査委員が来朝して調べた結果、不正競争の事実なしと報告するや、今度はソーシャル・ダンピング、またはイギリス産業の破壊者、として日本を非難しはじめた。実際の根因は、イギリス紡績業が在来の独占的地位に安逸している間に、日本の紡績業が近代科学技術を駆使して、その能率を段違いに強化したことにあったのである。今回は、さすがに低賃金は問題にしていない(一流企業の賃金は欧州水準に接近している)。しかし、「エコノミック・アニマル」「社員が働き過ぎる」「日本株式会社」(官民一体化)等々の名において、これを不当視する非難的見方が少なからず台頭していることは周知のとおりである。現在の対日経済外圧の裏には、こうした偏見が、過度な「排日貨」的感情に走らせているところが少なくないことを、頭に入れておく必要があろう。